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岡山地方裁判所 昭和47年(ワ)289号 判決 1975年3月20日

原告

日名三郎

ほか一名

被告

日本国有鉄道

ほか二名

主文

一  被告らは各自、原告日名三郎に対し四三三万四九八八円及びこれに対する昭和四七年六月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告日名静恵に対し四三二万〇四四八円及びこれに対する同日から支払ずみまで同割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告日名三郎に対し八七五万六四三七円、原告日名静恵に対し八六八万一八九七円及びこれらに対する昭和四七年六月一〇日から支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

被告中原一郎は、昭和四七年二月一五日午前一一時二〇分頃、岡山市今村四九番地の一国鉄西岡山駅構内コンテナセンターにおいて、フオークリフトを運転中、折柄自車右側付近にいた訴外日名孝一(以下孝一と略称する)に対しフオークリフト右側後部を接触させて転倒させたうえ、右後輪で轢過し、よつて同人を同日午前一一時三〇分頃、同市北長瀬八九〇の一番地岡山回生病院において左肺臓破裂により死亡するに至らせたものである。

2  責任原因

(一) 被告中原一郎の責任

本件事故は被告中原の過失に基づくものである。即ち、被告中原は、かねてフオークリフトの運転業務に従事していたものとして、その運転中は、たえず前方左右の安全を確認し、もつて危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず、これを怠り右側付近にいた孝一に気づかず、漫然右転回を行つた過失により前記のとおり事故を惹起したものである。

(二) 被告日本通運株式会社の責任

(1) 被告日本通運株式会社(以下被告日通という)は、被告中原の使用主であり、かつ本件事故は同被告が被告日通の業務のため、フオークリフトを運転中惹起したものである。

(2) 本件事故は前述のとおり被告中原の過失に基づくものである。

(三) 被告日本国有鉄道の責任

被告日本国有鉄道(以下被告国鉄という)は、加害車であるフオークリフトを所有し、かつ被告日通との間にコンテナの積卸作業およびこれに附帯する作業に関する委託契約を締結しているため、この契約に基づき、フオークリフト車等必要な機械類を被告日通に貸与し、これらを被告国鉄の職員の指示の下に使用させて委託業務を遂行させ、もつて加害車を自己のために運行の用に供していたものであるから自動車損害賠償保障法三条による責任を負うべきである。

3  損害

(一) 逸失利益

(1) 孝一は、本件事故当時年令二二才の健康な男子で、当時岡山県貨物運送株式会社(以下県貨物という)に勤務し、平均月額六万六九〇五円の給与および年間一一万〇四五〇円の賞与の支給を受けていた。従つて同人は、年間総収入として九一万三三一〇円を得ていたものであるが、右総収入から同人の生活費として、その三割を控除し、六三才まで稼働可能なものとしてホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除してその間の逸失利益の事故時の現価を算出すれば一四〇四万五七九四円となる。

(913,310円×0.7×21.970=14,045,794円)

(2) 原告三郎は孝一の父、原告静恵は孝一の母であり、原告らは相続分に従い右請求権の二分の一である七〇二万二八九七円宛相続した。

(二) 慰藉料

孝一は原告らの長男であり、漸く一人前に成長したわが子を突然の事故によつて奪われ、原告らは失望と悲嘆の底につきおとされた。右原告らの精神的苦痛に対する慰藉料としては、原告ら各二〇〇万円が相当である。

(三) 葬儀費用

原告三郎は孝一の本件事故死に伴い葬儀ならびに納骨費として二〇万円の出捐を余儀なくされた。

(四) 弁護士費用

原告ら各自七五万円

4  損害の填補

原告らは、本件事故に関し労働者災害補償保険より二一八万二〇〇〇円を受領し、各二分の一ずつ前記3項の(一)の損害金債権に充当した。原告三郎は、そのほか右保険より葬儀費用として一二万五四六〇円を受領しており、同金額は前記3項の(三)の損害金債権に充当した。

5  よつて被告らに対し、原告三郎は3項(一)ないし(四)の損害合計九九七万二八九七円から4項の損害の填補額一二一万六四六〇円を控除した八七五万六四三七円、原告静恵は3項(一)、(二)、(四)の損害合計九七七万二八九七円から4項の損害の填補額一〇九万一〇〇〇円を控除した八六八万一八九七円及びこれらに対する本件不法行為の日以後である昭和四七年六月一〇日から支払ずみまでいずれも民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告中原一郎、同日通)

1  請求原因1項の事実のうち事故前の孝一の位置はフオークリフトの左側であり、その余は認める。

2(一)  請求原因2項の(一)は否認する。

(二)  同項(二)については、被告日通が被告中原の使用主であること、本件事故がフオークリフト運転中発生したことを認め、その余を争う。

3  請求原因3項については、原告三郎が孝一の父であり、原告静恵が孝一の母であることを認め、その余の事実は否認する。

(被告国鉄)

1  請求原因1項の事実は、そのうち事故前の孝一の位置がフオークリフトの右側であつたこと、接触個所がフオークリフト右側後部であつたこと、および轢過した車輪が右後輪であることを除いて認める。

2  請求原因2項(三)の事実のうち、被告国鉄が本件フオークリフトを所有していること、被告日通との間にコンテナの積卸作業及びこれに附帯する作業に関する委託契約を締結していること、この契約に基づきフオークリフトを被告日通に貸与していることは認め、その余は否認する。

本件フオークリフトは自賠法の適用を受ける「自動車」にあたらない。

3  請求原因3項は、原告三郎が孝一の父であり、原告静恵が孝一の母であることを認め、その余の事実を否認する。

三  抗弁

(被告国鉄)

1 運行供用者の地位の喪失

本件フオークリフトは被告日通が排他的に管理支配し自ら運行の用に供していたのであつて、被告国鉄はその運行を支配すべき立場になく、又本件積卸作業も県貨物又は被告日通の請負業務としてなされていたものでその対価も県貨物もしくは被告日通において収受していたのであるから被告国鉄は本件フオークリフトの運行によつて何らの利益も享受していない。

2 仮に、被告国鉄が本件フオークリフトの運行供用者にあたるとしても、孝一は被告中原のフオークリフト運転を誘導すべき運転補助者であつたから自賠法三条の他人にあたらない。

3 免責事由

(一) 被告国鉄、同中原は本件フオークリフトの進行に関し注意を怠らなかつた。

(二) 本件事故の発生につき孝一に過失があつた。

(三) 本件フオークリフトは事故当時構造上の欠陥又は機能の障害がなかつた。

(被告ら)

過失相殺

本件事故は孝一の重大な過失により発生したものであるので損害賠償額算定についてはそれが斟酌さるべきである。

本件フオークリフトはその特殊構造から右折又は左折の際には後部が大きく旋回するためその周辺は危険であること、また本件フオークリフトが作業の都合上発進後後部を大きく左にふつて右折することはいずれも孝一の知悉するところであつたから、フオークリフトが発進しようとする際はその近辺にいた孝一としては、その周辺からすみやかに退避して自らの安全を確保すべきであつたのにこれを怠つたのであるから本件事故の発生につき孝一に重大な過失があつたというべきである。

四  抗弁に対する認否

全部否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

原告ら主張の日時場所において孝一が被告中原の運転するフオークリフトに轢かれて死亡したことは、当事者間に争いがない。

二  責任原因

1  被告中原、同日通の責任

(一)  〔証拠略〕を総合すれば次の事実が認められ、その認定に反する証拠はない。被告中原は国鉄西岡山駅コンテナホームにそのリフトを南へ向けて本件フオークリフトを停車させ、運転席で次の積卸作業を待つていた。そこへ、孝一が同ホーム西隅の貨物引込線にあるコンテナの積卸作業を持つて来た。被告中原は運転席に坐つたまま、左側ステツプに上つてきた孝一から運転席左側の窓ごしにコンテナ通知書を受け取り、そのコンテナの位置を了知した後孝一がその付近から立去るに足りる程度の時間的間隔をおいたものの前後左右の安全を確認することなく漫然と本件フオークリフトを発進させ約二ないし三メートル進行して西方へ右折せんとした際孝一を自車左側後部に接触させて転倒させたうえ左後輪で轢過した。

ところで、本件フオークリフトは、ハンドルの作動を後輪に伝えることによつて方向転換するもので、右折又は左折の際にはその後部が大きく旋回し、最小旋回半径は車体最外側部で四メートルあり、方向転換時その周辺に居ることは極めて危険であつたが、そのことはフオークリフトの運転者たる被告中原の十分知るところであつた。

以上の認定事実によれば、被告中原は本件フオークリフトを発進させるに当つてその周辺特に左方の安全を確認すべき注意義務があつたにも拘らず、これを怠つたのであるから同被告には本件事故発生につき過失があつたものといわなければならない。

(二)  被告日通が被告中原の使用主であること、同被告のフオークリフト運転中本件事故が発生したことは原告らと被告日通との間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、被告日通は被告国鉄との間にコンテナの貨車積卸作業委託契約を締結して西岡山駅でのコンテナの積卸作業及びこれに附帯する作業を行なつていること、而して本件事故は被告中原が前記作業に従事中発生したものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実によれば、前記(一)に認定の被告中原の不法行為は被告日通の事業の執行につきなされたものというべく、したがつて被告日通はこれについて民法七一五条一項の責任を負うものといわなければならない。

2  被告国鉄の責任

(一)  同被告はフオークリフトは自賠法の適用を受ける「自動車」でない旨主張するが、自賠法の適用を受ける「自動車」とは同法二条一項により道路運送車両法二条二項に規定する自動車及び同条三項に規定する原動機付自転車をいうのであり、同法三条、道路運送車両規則二条、同規則別表第一によればフオークリフトは右「自動車」に該当する特殊自動車であることが規定されているから本件フオークリフトが自賠法三条にいう「自動車」にあたること明らかであつて右主張は採用できない。

(二)  被告国鉄が本件フオークリフトを所有していることは原告らと同被告との間に争いがない。そこで、同被告の運行供用者の地位喪失の抗弁について判断するに、被告国鉄が被告日通との間にコンテナの貨車積卸の作業及びこれに附帯する作業に関する委託契約を締結し、この契約に基づき本件フオークリフトを被告日通に貸与していることは原告らと同被告との間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すれば、被告国鉄と被告日通間の作業委託契約書には、被告日通が右作業を施行するに当つては、被告国鉄は必要な指示をすることができること、委託業務の作業計画等については被告国鉄と被告日通の間で予め協定しておくこと、フオークリフトの使用方法についてもその協定によること、被告日通においてフオークリフトについて瑕疵を発見し、使用上不適当と認めるときはその旨を通知し、直ちに被告国鉄の指示を受けること等が規定されていること、そして以上のような取り決めのもとにフオークリフトによる積卸作業が被告国鉄のいわゆる「戸口から戸口まで」のコンテナ輸送の一環として行なわれていることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

以上の事実によれば、被告国鉄はフオークリフトの運行を支配し、それによる利益を享受しているものというべく、運行供用者の地位を喪失しているものとはいえない。

(三)  被告国鉄は、孝一は被告中原のフオークリフトの運転の補助に従事していたものであるから自賠法三条の他人にあたらない旨主張するが、本件全証拠によるも孝一がフオークリフトの発進を誘導すべき運転補助者であつたと認めることはできず、右主張は採用しえない。

(四)  自賠法三条の免責事由について〔証拠略〕を総合すれば、前記二ノ(一)において認定したと同一の事実を認めることができ、これによれば被告中原はフオークリフトの運行につき過失があつたというべく、したがつてその余の点について判断するまでもなく右の抗弁は失当である。

三  損害

1  逸失利益

(一)  〔証拠略〕によれば、孝一は本件事故当時年令二二歳の健康な男子であつて、県貨物に勤務し平均月額六万六九〇五円の給与および年間一一万〇四五〇円の賞与の支給を受け、年間総収入として九一万三三一〇円を得ていたことを認めることができる。ところで、孝一の生活費は五割とみるのを相当とする。而して、昭和四七年簡易生命表によれば二二歳の男子の平均余命は五〇年余であることが明らかであるから孝一は本件事故によつて死亡していなければ右平均余命の範囲内で少くともなお四一年間稼働可能であり、その間右認定の年収を継続して得ることができたものと推認しうる。そこで、生活費を控除した金額をもとに年毎ホフマン式計算法によつて孝一の逸失利益の事故時における現価を算出すれば一〇〇三万二七一〇円となる。

(913,310円×0.5×21,970=10,032,710円)

(二)  過失相殺

原告らと被告国鉄との間において、〔証拠略〕によれば、本件フオークリフトはその方向転換時に後部が大きく旋回するためその周辺に居ることは極めて危険であることが認められる(被告中原、同日通との関係ではすでに前記二ノ(一)において認定した)ところ、原告日名三郎本人尋問の結果によつて、孝一が県貨物の運転助手としてすでに昭和四五年頃から国鉄西岡山駅コンテナホームに出入りして働いていたことが認められるから、本件フオークリフトの周辺が極めて危険であることは孝一も十分知つていたものと推認される。而して、被告中原本人尋問の結果によれば、停止中の本件フオークリフトに発進の操作をし、それが動き始めるまでには少くとも一七秒位の時間を要するのであるから、孝一がフオークリフトのステツプから降りた後敏速に行動すればそれが動き始める前優にその危険範囲から退避することができたものと認められる。然るに、〔証拠略〕によれば、孝一は停止中の本件フオークリフトの運転席の位置から左前方三・九メートル、歩行時間にしてわずか三ないし四秒位の地点で轢過されていることが認められる。

以上の事実によれば、孝一としては、コンテナ通知書を被告中原に手渡した後すみやかに本件フオークリフトの周辺から退避し自らの身の安全を確保すべきであつたのにこれを怠つたものというべく、その過失割合は前記認定の被告中原の過失を考慮すれば三割をもつて相当とする。

したがつて、右損害額につき三割の過失相殺をすれば、その結果は七〇二万二八九七円となる。

(三)  原告日名三郎が孝一の父であり、原告日名静恵がその母であることは当事者間に争いがないので、原告らは孝一の右損害賠償請求権を相続分に従い二分の一である三五一万一四四八円宛相続により承継取得した。

2  慰藉料

〔証拠略〕によれば、漸くにして一人前に成長させた長男孝一を突然事故によつて喪つた原告らの精神的苦痛は甚大であることが認められ、これに本件事故の熊様等諸般の事情を斟酌すれば右精神的苦痛に対する慰藉料としては原告ら各自につき一五〇万円が相当である。

3  葬儀費用

〔証拠略〕によれば、原告日名三郎が孝一の本件事故死に伴い葬儀ならびに納骨費として二〇万円を出損したことが認められるから、前記認定の孝一の過失を被害者側の過失として過失相殺すれば賠償すべき額は一四万円となる。

4  損害の填補

原告らが労働者災害補償保険給付二三〇万七四六〇円の支給を受け、そのうち一二一万六四六〇円を原告日名三郎の前記損害金債権に、一〇九万一〇〇〇円を原告日名静恵の前記損害金債権に充当したことは原告らの自認するところであるから、これらの充当額を原告らの損害額から控除すると原告らの賠償を受くべき損害額は原告日名三郎にあつては三九三万四九八八円、原告日名静恵にあつては三九二万〇四四八円となる。

5  弁護士費用

〔証拠略〕によれば、原告らは被告らが本件事故に基づく損害賠償金を任意に支払わないので原告ら訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、本訴訟終了後その報酬を支払うことを約したことが認められるが、本件事案の内容、審理の経過等を考慮すると、本件事故による損害として原告らが賠償を求めうべき弁護士費用相当額は四〇万円宛をもつて相当とする。

四  結論

よつて、原告日名三郎の本訴請求は四三三万四九八八円及びこれに対する本件不法行為の日以後である昭和四七年六月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、原告日名静恵の本訴請求は四三二万〇四四八円及びこれに対する右同日から支払ずみまで右同割合による遅延損害金の支払を求める限度においていずれも理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中原恒雄 竹原俊一 池田克俊)

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